東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)104号 判決
一 特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決理由の要点が原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 当裁判所は、原告らが取消事由(一)で主張する本願発明の装置が引用例のものと比較してコンパクトに構成することができた旨の主張は、採用に値しないと考える。本願発明と引用例のものとを比較するに当つては、両者の濾過容量および清浄度を同一とした上で両者の装置の設置所要面積、高さ等を測定しなければならないが、本件に現われた資料ではそのような比較は困難であるといわざるを得ない。しかも、本願発明においてもフアンとこれを取付けるための装置を必要とするのに、これを構成のうちにいれていない本願発明と、これを構成とする引用例を比較したのでは、正しい比較とはならないのである。
三 しかし、原告らの主張する取消事由(二)については、その理由があり、審決は違法であつて取消を免れないものと考える。
当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明において気体状媒体の出口は、「濾過室の分離層より下の空間」にあるものとされている。そして、この濾過室の構成について、本願発明の要旨によれば、その内部に多孔体からなる分離層をもちその分離層の上下にそれぞれ空間を有する室であるとされている。したがつて、「濾過室の分離層より下の空間」は、室の一部であり閉ざされた構造のものと解すべきであり、濾過室の下部は室外に開放されているような構造のものではないということができる。そして、成立に争いない甲第二号証の二の記載によれば、本願発明の明細書中、発明の詳細な説明には、連通管の配置構成と気体状媒体の出口を濾過室の分離層より下の空間に配置したことと相まつて、洗滌ガスを精製ガスの方向と逆方向に流通することによつて分離層をそのままの状態で洗滌することを可能としている旨記載されていると認めることができる(明細書三ページ三行より七行までの記載。また、図面の第一図から第五図までに図示された本願発明の全実施例においては、いずれも洗滌ガスが分離層より下の空間に配置された気体状媒体の出口より流入し、分離層を下から上へと貫通して洗滌すべきことが記載されている。)。
もつとも、前記甲第二号証の二の記載によれば、本願発明の明細書中詳細な説明の欄には「分離層容器からの精製ガスの流出には、特に円盤弁よりなるスロツトルバルブを介して、精製ガス流出管または洗滌ガス導入管との選択的な接続が良好なように作られている。」旨記載され(明細書三ページ八行から一一行まで)、その実施例中には、被告の指摘するように濾過室の下の空間に二種類の導管が設けられ、一方の導管を閉塞することによつて逆洗を可能にする装置が示されている事実を認めることができる。したがつて、本願発明の装置において逆方向の洗滌ガスを流入するためには、洗滌ガス導入管その他の装置を必要とするものであることは明らかである。そして、成立に争いない甲第三号証によれば、このような逆方向の洗滌ガスの流入については特許請求の範囲には何ら記載されていない。
しかしながら、その記載がないからといつて、直ちに原告らの主張する逆方向の洗滌が本願発明の要旨外のものであるということはできない。何故なら、そもそもこの逆方向の洗滌が可能であるということは、本願発明の作用効果にすぎないのであるから、元来特許請求の範囲に記載すべき事項ではない。のみならず、本願発明の装置において、洗滌ガス導入管その他の装置を附設すれば逆方向の洗滌が可能であることも、またすでに述べたところより明らかである。そして、前記甲第二号証の二によれば、このような導入管その他の装置は、逆方向の洗滌を可能とするためには当然に必要とされる装置であるとともに、これらの装置は周知の装置を使用すれば足りると認められるから、明細書の記載中でこれらの装置を使用すれば逆方向の洗滌が可能である旨の効果の記載がある以上(本願明細書の詳細な説明中にその旨の記載があることは、前記認定のとおりである。)、当業者および一般第三者は、本願発明において特許請求の範囲に逆方向の洗滌ガスの流入の装置に関して何ら記載されていなくても、これを見ることによつて、気体状媒体の出口を濾過室の分離層より下の空間に設けた構成が洗滌ガス導入管その他の装置を附設することにより、逆方向の洗滌を可能とする作用効果を有することを明らかに看取することができよう。したがつて、このような場合には、必ずしも特許請求の範囲にこれら洗滌ガス導入管その他の装置について記載していなくとも、本願発明の作用効果として洗滌ガスを精製ガスの方向と逆方向に流通することによつて分離層をそのままの状態で洗滌できるという効果を認定して差支えない。
してみれば、本願発明においては、気体状媒体の出口を濾過室の分離層より下の空間に設けることによつて、すでに述べたような作用効果を生じるものというべきである。しかるに、審決が気体状媒体の出口をどこに設けるかは必要に応じ適宜選択できる設計的事項にすぎないとしたのは、本願発明のもつこの作用効果を看過し、本願発明と引用例とを比較検討したものであつて違法であることを免れない。
四 以上のとおり本件審決を違法として取消を求める原告らの本訴請求は正当であるから、認容することとする。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告らは、西暦一九六七年一一月二二日および同一九六八年三月一九日にドイツ国にした特許出願に基づいてパリ同盟条約第四条による優先権を主張して、昭和四三年一一月二二日「気体状媒体(粗ガス)から固体粒子を分離する装置」なる発明について特許出願をした。
この出願に対し、昭和四七年一月二〇日付で拒絶査定がなされたので、原告らは同年五月一八日審判(昭和四七年審判第二八六六号)を請求したが、昭和四七年一二月一二日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決がなされ、その謄本が昭和四八年四月一八日原告らに送達された。
二 本願発明の要旨
気体状媒体から比較的粗い固体粒子を分離する遠心分離室と、前記気体状媒体の流れの方向においてこの遠心分離室の後に接続されて多孔体からなる分離層を持ちかつこの分離層を通過する前記気体状媒体から比較的微細な固体粒子を除去する濾過室とを有するものにおいて、前記濾過室が前記遠心分離室のすぐ上に同軸的に配置され、前記遠心分離室から前記濾過室の分離層より上の空間へ延びる両室の連通管がこれら両室の軸線内にあり、前記気体状媒体の出口が前記濾過室の分離層より下の空間にあることを特徴とする、気体状媒体(粗ガス)から固体粒子を分離する装置
三 審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりである。
これに対し、実公昭三八―一七八八七号公報(以下「引用例」という。)には、吸込口を有するサイクロンを垂立せしめ、サイクロンの上端口にフアンを設けた上枠体を被覆し、サイクロンの外側に沿つて適宜間隔をおいてフイルターを垂立し、上枠体の取付口にフイルターを取付けた集塵機について記載されている。
そこで、本願発明と引用例記載の技術内容とを対比してみると、両者は、気体状媒体から比較的粗い固体粒子を分難する遠心分離室(引用例のもののサイクロンに相当する)と、気体状媒体の流れの方向においてこの遠心分離室の後に接続されて多孔体からなる分離層(同じくフイルター)を持ち、かつ、この分離層を通過する気体状媒体から比較的微細な固体粒子を除去する濾過室とを有するものにおいて、前記濾過室と遠心分離室とを連通管により連通した気体媒体から固体粒子を分離する装置である点で構成が同一である。
一方、(一)本願発明が濾過室を遠心分離室のすぐ上に同軸的に配置し、遠心分離室から濾過室分離層より上の空間に延びる連通管をこれら両室の軸線内に設けているのに対して、引用例のものは濾過室をサイクロンの側方に配置し、サイクロンと濾過室とを連絡する通路をそれぞれの端部で連結している。(二)本願発明では気体媒体の出口が濾過室の分離層より下の空間に設けているのに対して、引用例のものは清浄化された空気をフイルターの布目を通して単に外部に放出している。以上の二点で両者は構成上一応の相違がある。
第一の相違点は遠心分離室に対して濾過室を側方に設けたか、または上方に設けたかという配置上の相違にすぎない。なお、連結管の位置の相違は上記両室の配置により必然的に定まるものである。
そして本願発明のような配置にしたための作用効果は、流体力学上予測できるものであつて、技術的進歩をもたらす程の格別のものとは認められなく、結局、上記第一の相違点は当業者が必要に応じて容易に類推できる配置の変更と認められる。
また、第二の相違点において、気体媒体の出口をどこに設けるかは必要に応じて適宜選択し得る設計的事項にすぎないものと認める。
したがつて、本願発明は引用例のものに基いて当業者が必要に応じて容易に発明をすることができたものと認められるから、本願は特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決を取消すべき事由
審決理由のうち、本願発明の要旨、引用例の記載内容、本願発明と引用例との一致点および相違点については争うものではない。しかし、審決は、左の点において違法であり取消されるべきものである。
(一) 本願発明と引用例の濾過室の位置の相違について、審決がこれを単に配置上の相違にすぎないものとし、また、連結管の位置の相違についても、これを上記両室の配置により必然的に定まるものであるとしたのは、事実の認定を誤るものである。
引用例の構成では、サイクロン4の上端口にフアン6を設けた上枠体7を被覆し、該サイクロン4の外側をめぐつて適宜間隔を置いて複数の円筒状のフイルター8を垂立し、これら各フイルター8を上記上枠体7の取付口9に取付けたものである。この引用例では、多数のフイルター8がサイクロン4の外側を繞つて林立配置され、しかもサイクロン4と各フイルター8との上端に配置された上枠体7を介して両者を連通するため、夫々のフイルター8のために形成された上枠体7の取付口9にフイルター8の上端が連結取付けられている。そのため、その構成は極めて複雑となつているばかりでなく、装置全体としても大嵩となつている欠点がある。したがつてこの引用例の装置にあつては、その組立、解体に際しては大きな手数を必要とする。このような引用例の複雑な構成に比し、本願発明では、分離層6を含む濾過室を遠心分離室2のすぐ上に同軸的に配置し、これら両室を連通する連通管をその上端が分離層6より上に延びるようにこれら両室の軸線内に配置してあるから、その構成は、引用例と比較にならない程簡単であり、装置全体をコンパクトになし得たのである。しかも本願発明は後に述べる逆流洗滌とも関連させてコンパクトに構成するという目的意識をもつて完成されたのである。したがつて、濾過室の位置について、審決がこれを単に配置上の相違にすぎないとしたのは、事実の認定を誤るものである。
また、連通管についてみても、単に気体媒体から固体粒子を分離するためのみの目的からするならば、何ら設ける必要はないのであり、遠心分離室を通つて送られる気体媒体を直接上向きに導き、その通過域に分離層を設ければそれで充分である筈である。本願発明にあつて連通管を設けてこれを濾過室の分離層より上の空間へまで延ばしたのは、後に述べる気体媒体の出口との関連において逆流洗滌を有効に働かせる意図があつたからである。しかもこの連通管も単に気体媒体から固体粒子を分離するためのみの目的からするならば、両室の軸線内に配置する必要なく、偏心させたりあるいは多数の連通管を配置することも可能である。したがつて、この連通管の位置について、審決がこれを両室の配置により必然的に定まるものであるとしたのは、事実の認定を誤るものである。
(二) 本願発明と引用例との気体媒体の出口の構成の相違について、審決がこれを必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎないとしたのは、事実の認定を誤るものである。
引用例においては、各林立フイルター8は閉鎖室内に収容されておらず、外気圏にそのまま露出させてあるので、洗滌気体を逆方向に送ることはできない。したがつて、引用例ではフイルター8を装着したままで洗滌することは望むべくもなく、これを取外して洗滌する場合には、吸着された微細な固体粒子をサイクロン4の下方すなわち装置の集塵室にまとめて取出すことができないという欠点がある。
他方、本願発明においては、特許請求の範囲において、気体状媒体の出口の位置であるとされる「濾過室の分離層より下の空間」とは、濾過室内の下部にある空間を意味するものであつて、「分離層より」の表現は、単に濾過室内の下の空間の境界を明記した表現にすぎない。すなわち、これは、濾過室を構成する外筐の下部に位置を占め、かつ濾過層によつて区割された部屋を意味する。したがつて、濾過室の分離層より下の空間が、濾過層および出口を除き、閉じられた構造であることは明らかで、濾過層の下部を直接大気中に開放してしまうような構造のものは、本願発明の要旨中には含まれない。
このような本願発明においては、気体媒体の出口を濾過室の分離層より下の空間に配置したことと、上記連通管の配置構成との結合関係によつて、洗滌ガスを精製ガスの流通方向と全く逆方向に流通させるだけで分離層を濾過室から取外す必要なく洗滌することができ、更に、分離層6に附着した微細固体粒子を先滌により遠心分離室2の下方一箇所にまとめて取り出し得る顕著な利点を有する。
したがつて、この点につき審決が、気体媒体の出口をどこに設けるかは必要に応じて適宜選択しうる設計的事項にすぎないものと認めるとしたことは、事実の認定を誤るものである。